2008年01月24日

キビ刈り

久しぶりの書き込み
あいかわらず書くことに不精です。

今年のお正月は真夏日のような天気が一週間程度つづき
それ以降、お天気はくずれぱなしで寒い日が続いています。

年明けから恒例のキビ狩りが始まっています。
キビ狩りなんてもう何年も私はやっていませんが
近所の話を聞いていると、だいぶ様変わりしているようです。

昔と今とでは家族形態が変化しているので、当然といえば当然ですが・・

初めてキビ狩りを見たのは、親に紹介するからと父さんに連れられて
最初に宮古島に来た翌日でした。

参加人数は20名近くいたのではないでしょうか、とてもにぎやかでした。
男達は7〜8名くらい、横一列に並び、短めの斧でいっせいにキビを根元からなぎ倒していきます。

キビはまだ葉っぱが付いている状態なので、それを女性達が二又という道具を使ってかきとり
ある程度の束にまとめて、ススキでできた綱で縛っていました。

手は動いているものの口は暇なので、おしゃべりしながら作業していて
最近の出来事や近所の噂話、お料理や家事の知恵の交換等、歌いだす者あり、
それはそれは賑やかでしたよ。

女性に比べると男達の作業はしゃべると息があがってしまうので
黙々と作業をしています。

休憩時間が近づくと、姑がキビの枯れ葉をかき集めて臨時カマドをこしらえ
家から持ってきたヤカンでお湯を沸かしはじめました。これでお茶を淹れて
「休憩時間だよ、みんなユク(休んで)!さあ、さあ、ユク!」を大きな声で呼びかけます。

みんな輪になって休憩をとりながらおしゃべりが始まります。
この時が最大に賑やかな時間です。

やがてトラックがやってきて、人が歩けるように丈夫な板をかけました。
広い畑から男達は束ねられたキビを担いで
板の上をわたりトラックの荷台に積み上げていきます。
中には二束も三束も担いでみせて得意そうにしているのもいました。


歩いてトラックの荷台に一束ずつ積み上げるのを見たのはそれが最後です。
その後ユニックという機械が導入されて
キビを小山に積んで置くと全部ユニックがやってくれるようになりました。

あの当時の力自慢の男達の中にはすでに亡くなっている方もいます。

あれから30年以上も経ってしまいましたものね。
でも時折、得意満面のあの表情をいまでも思い出します。
そして人々の笑い顔やあの喧噪も

バナーをクリックして応援してくれると励みになります♪
banner_02.gif
posted by かおる at 15:13| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月04日

ヘチマ

年明けそうそう、手づくり石けんがまとまって売れたので
今年はいい年になりそうな予感♪

去年は在庫が足りなくなり
お客様にご迷惑をかけちゃったこともあったので
年末に商品の保管庫として桐の箪笥を購入しちゃいました。
さっそく今日はハイビスカス石けんを仕込んで
夕方からはお正月でほったらかしにされた畑の草取りに。

ここでは「ツキグサ」と呼ばれている草(シロバナセンダングサ)を取っていたら
頭のてっぺんから足袋までタネがいっぱいくっついて取り除くのにとても難儀します。
それでも、ついつい夢中になり暗くなるまで草と格闘し
育てているヘチマの周りに敷き詰めました。

A子ちゃんはヘチマができるのはどの季節なのか知っていますか?
宮古島ではヘチマは夏、冬関係ありません。
去年の11月末に引いて捨てようと思ったものの、忙しさでそのままになっていました。
12月末に草取りしていると、草の中からヘチマの株元があらわれて
よく見ると元気な脇芽が出ていることを発見。

まだ生きている!

急に引いてすてることが惜しくなってしまい
どうにかヘチマを生かすことにしました。


以下ヘチマの再生方法です。

根元から50p〜1mくらい先の蔓を観察して元気な脇芽を探します。
脇芽から先の蔓は切り落とします
残した蔓と根元との半分くらいの部分に土をかぶせて足で圧着させます。
(ヘチマの蔓の節目の部分は土と水さえあれば根が出ます)

後は土が乾かないように廻りに敷き藁をたっぷり敷いて
肥料をあげると復活します。

今ではヘチマは元気を取り戻してさかんに蔓を伸ばし次から次へと花を咲かせています。
今日集めたツキグサもヘチマのまわりにたっぷり敷いたので
ふかふかのお布団の上で気持ちよさそうに寝そべっているように見えます。

でも、ご注意
沖縄のような亜熱帯の気温だから冬でもヘチマが成るのであって
本土では、今の季節は枯れてしまうんだそうです。

ネットで見た小学生の理科の授業内容では
ヘチマは一年草なので冬になったら葉、茎、根まですべて枯れると教えているようです。


宮古島で教える先生達は困るでしょうね、
子供達が「おばーの畑に今、成っているよ〜」な〜んて

A子ちゃん、子供の頃そんな経験はありますか?


バナーをクリックして応援してくれると励みになります♪
banner_02.gif







posted by かおる at 23:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月01日

息子と娘への手紙

あなた達が島を出てから、もう何年過ぎたでしょうか、
数えてみると10年は過ぎていますね。

これまで、あなた達を育てるのに夢中で
人並みの教育を受けさせることに力を注いできましたが
無事、卒業させることができホッとしました。

宮古島に嫁いで30年、
やっと島の暮らしと向き合う余裕がでてきたものの
気がつけば部落の住民はみな年寄りばかりになってしまっています。

あなた達のように学校を卒業すると同時に島を出るのは普通のことなので
20歳代がいないのはあたりまえの事ですが、

もっとも活力ある年齢の30〜40歳代が極端に少なく、
走り回る子供達の姿も見かけなくなっています。
今年の小学校の新入生は2人だけらしいという噂も耳に入ってきています。

そんな中でとうに50歳を過ぎた私でも、部落の中では若者の部類になっており
なにかと頼りにされるようになりました。


働いていた頃に比べると、最近はお年寄りとおしゃべりする機会が増え
嫁いだばかりの時期は部落の大人たちに圧倒されて沈黙するばかりでしたが
今では自由に会話ができるようになりました。

お年寄りの話が以前は苦痛だったのが
今は新鮮で刺激的な驚きと同時に島の宝のように聞こえるのですから不思議です。

それにしても部落の高齢化は急速に進んでいて、
80歳代、70歳代、60歳代が圧倒的です。
その中でも80歳代以上の話は最も面白くて為になります。

でも・・・

記憶があいまいになってきていて
複数のお年寄りの話を聞いてすりあわせをしなければ
わからないことが多いです。

都会にあこがれ、新しいものへと挑戦するのが若者の常だとして
親の世代の古きものに向き合うことは少ないでしょう。

もしかすると私のような年は、古きものに急に関心を持つようになる
年代なのかもしれないと最近は思っています。

でも、あなた達がわたしの年代になった時
教えて〜といっても、わたしはボケているかもしれません!
今でも忘れっぽいのに、将来はもっとあてになりません。

お年寄り達の話を参考にわたしの頼りない記憶をたどりながら
宮古島の最果ての部落に、シンプルですばらしい時代があったこと
そして急速に失われようとしている島の暮らしを後世代に伝えたい。
これを遺産として「未来へ捧げるブログ」に託したいと思います。

とりあえず「娘と息子へ」としてありますが
このブログを読んでくれる方はみんなわたしの「娘と息子」のつもりです。

「わたしもあなとと同世代ですよ〜」なんてちゃかさないでね♪

バナーをクリックして応援してくれると励みになります♪
banner_02.gif


posted by かおる at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。